こんにちは、相武台脳神経外科加藤貴弘です。この度、当院から、初めて生え抜きで、看護スタッフ(准看護師)が誕生しました。高校生のとき、当院のリハスタッフとしてバイトの面接にこられた時から、とても波乱万丈な出来事がたくさんありましたが、おかげさまで、今回無事准看護師に合格することができました。生活面では多くの壁にぶつかって、ご自身では、大変なところも多いとは思いますが、仕事上は、(僕も多くの看護師さんと仕事をさせていただきましたが、その中でも引けをとらないくらい、もちろん看護の実践的な技術はまだゼロですが、)とても優秀な、働きぶりです。当院の他のスタッフも感嘆の眼差しでみております。彼女に助けられることも多いです。今後は、当院を踏み台にして、素晴らしい人生の時間にしていただきたいです。そのために、今回、とても大きな大きな壁を彼女は超えることができましたので、これまでの当院での経験を自身で振り返ってもらいました。なにかの参考にしていただけましたら幸いです。

相武台脳神経外科クリニックでの振り返り(続き2)

 当院に勤めてから自分のできないことの多さを実感していきました。前文でもいったように患者の疑問に応えたい。ということもそうですが、身体に障害をもった方や高齢で足がおぼつかない方など一部介助が必要な方を自ら介助ができなくて、看護師を呼び、見守っているだけの時、自分ができればと思うことが度々ありました。
私は忘れられないことがあり、ウォーターベッドで患者を転倒させてしまったことです。きちんと技術や知識があれば、転倒を防ぐことができたと考えて、私は看護師の資格を取りたいと思うようになりました。
看護学校に通って”看護”というものを知りました。学校での勉強や実習は大変でしたが、とても楽しく学ぶことができました。ですが、それと同時に看護の難しさも知りました。もちろん人の身体の仕組み、疾患もそうですが、人と関わるということは人と向き合うことだということも学ぶことができました。なので、患者が自身の身体と向き合い、その患者と私たちは向き合うのだと考えました。
今年12月、私は出産しましたが、学校は今年で最後で留年はなく、先生たちにスケジュールを立てていただき、補修実習を行いました。出産後1か月経たないうちに学校に通い、病棟での実習を行いました。育児と実習の両立は想像していたよりも大変でしたが、母の協力もあり、通うことができました。最後の実習中には、体調を崩してしまい、卒業が遅れてしまいましたが、無事卒業することができました。私はこの学校生活でたくさんの方々に心配と迷惑をかけましたが、自分が恵まれた環境にいたと知ることができました。

(次回に続く)

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