こんにちは、相武台脳神経外科です。

かつて人類は、何万年もの間
「生きること」そのものに、
必死だったと思います。
その必死さは、
先進国も、発展途上国も差はありません。
小手先の「こと」が、発展途上国よりも
高度であるだけで、本質的なことに関しては、
むしろ、昔からの文化を
大切に育んでいる国、民族のほうが、
学べることが多かったりもします。
現在、土地を追われ苦難の状況に、
追い込まれているチベット民族。
その民族の体との向き合う手段として発展してきた
チベット医学。
今まで、必死で守り抜いてきた、文化をなんとか
絶やすまいと、場所を変え北インドダラムサラの地で
継承され続けています。
その医学部を日本人でただ一人卒業された
小川康先生。
ダラムサラの地で、何を目撃したのか?
今回は、
小川康先生の波乱万丈の半生を追います。

第1回目は、こちらより。
第2回目は、こちらより。
第3回目は、こちらより。

本ビデオ講座を視聴していだだくことで、ご理解頂ける内容な下記となります。少しでも、能動的な作業が加わるとより理解が深まります。下記の質問の回答あるいは、本ビデオ講座を視聴後の感想をコメント欄へ書き込んでいただけますと幸いです。


  • 小川先生が、医学部を「逃亡」して日本で経験されたこととは?
  • 小川先生が、ダラムサラに戻ろうと考えられた理由とは?
  • 小川先生が、日本で「知識」に関して考えられたこととは?
  • チベット医学の教科書を小川先生が「暗唱」して見えてきたものとは?
  • 小川先生が、日本の図書館を苦手とする理由とは?
  • チベット医学を学ぶこととは、〇〇と一体化すること?
  • チベット文化には、はっきりしていて今の日本に見えにくいものとは?