こんばんは、連休はいかが過ごされていますでしょうか?

今日のお話。

①問題は、変容する。

②問題が指し示してくれること。

③問題から本質をつかむため、10年前の私が教えてくれたメッセージ

 

今日は用事で大阪へ出張でしたが、新幹線が大変こんでいて大阪まで座れませんでした。みなさん連休の方は、少し寒いですが お体に気をつけられて楽しんでくださいね。

 

さて、今日は「10年越しのメッセージ」より抜粋いたします。

私はブログの中で、

健康管理において、問題認識能力がものすごく重要と触れたことがあります。

http://wp.me/p2Ku1D-dW

 しかし、自分の成長とともに問題が変化したり消滅したりすることがあります。

  • 私は、小学校のころは、昼間に学校で大きい方のトイレをするのがものすごく恥ずかしい時期がありましたが、大人になったいま、全くそれは問題ではないです。
  • いがみ合っていた夫婦が、雄大な景色をみて感動し けんかをやめてしまうことがあります。
  • 私は高校時代、権威ある大学をめざし、日夜勉強に励んでいました。しかし、いまとなっては、どの大学でも優秀な医師はいるし、逆に尊敬できない医師もいます。大学なんてあまり問題ではなかったです。

 

なぜこのようなことがおこるのでしょうか?

まず、「問題とはなにか?」と考えてみますと

問題とは、

「自分の理想と現実のギャップである。」by ドナルド・C・ゴース

 

問題を認識できる現実的な能力

これは現実的にものすごく重要な能力ですが、

人間は、本質的になればなるほど、問題が、変貌するか、消滅してしまうことがあります。

それは、自分自身の理想が変化するから、、

 

問題は成長とともに消滅するから必要ないものではなく、

問題と正面から向き合うことで、自分自身の現在の状態を把握でき、
また、自分自身が、本質的な方向へ、向くことができる。

むしろ、本質的な方向へ向くことを気づかせてくれる、、

その意味で、そこに問題があるという。問題認識能力は大変に重要です。

ゆでカエル状態にならないようために、、

http://wp.me/p2Ku1D-dW 

 

気をつけなければいけないのは、そこには落とし穴があります。

問題は形が変容し、場合によっては消滅する。

そして、その問題の全貌をとらえようとそればするほど、実は迷路に迷い込むのです。

そうだとしたら、

真剣に向き合うとはどういう意味なのか?

 

私は、研修医1年目に書いた詩集を、最近読み返すことがありますが、その詩集を読む限り、10年前にもおぼろげながらにわかっていたようです。

 

抜粋のものは、

「私たちの、していることって本当に意味のあることかしら、、」と悩んでいた看護師さんへ贈った詩です。

 

 

 

10年越しのメッセージ〜目の大きな君へ

 

 

発生5ヶ月で女性の体内には卵母細胞が約700万、

出生時には200万に減少し幼年期中に卵子の大多数が閉鎖卵胞となり、

思春期の初めには4万となる。

その中で実際に排卵される卵子は500程度、さらに精子と出会い、

二人の愛情に包まれ命として芽生えるのは数個。

ほかの因子も加えると一つの卵子に命が吹き込まれる可能性は数億分の一。

僕らはつい日常から判断してしまうけど、

命として芽生えるということは想像以上に奇跡的で、

奇跡は気の遠くなるほどの無駄の上にあるもので、その無駄は決して無駄ではない無駄。

億単位の次元なんて僕らの想像力を遥かに超えて、

命の奇跡なんて僕らの能力では感じることもできないかも、

僕らは目をつぶって信じるだけ。

 

 

 

 

今日も最後までおつきあいいただき大変ありがとうございました。

よい連休をお過ごしください。