海に向かって大きく手を広げる女性
おはようございます。
相武台はさわやかな朝になりました。そして昨日は、
サッカー日本代表がオランダ代表を追い詰めましたー!
どんなに状況が悪くても、自分たちのできることをやっていく。
それが、状況を打開したように見えました。
試合後の大迫選手の言葉が印象的でした。
「ここで一点決めれば、試合はわからないとおもった。」
2点取られたときは、圧倒的な強さに思えても、
「自分自身」が表現できれば、状況は一変する。
「自分自身」を見失うとどんな強い人間も崩れてしまう。
オランダは、完全に混乱して「自分自身」を見失ってしまいました。

さて、先日ちょっと気がついたことがあります。
結構大切な気づきとおもいますので、皆さんとシェアさせてください。
スタッフとの勉強会の中で、
下記のようなコメントをスタッフからもらいました。
「行動も言動も常に一致させるというのはかなり難しいとは思いますが、
いつも意識することから少しずつ始めるしかなさそうです。」
この言葉を聞いた時、字面は全く問題なく理解できます。
ただ、そういえば
今の私の頭で考えると少し「違和感」を感じてしまいました。
その「違和感」の理由探しのため、
ふと自分自身を振り返ってみました。
最近
「思ったこと」をそのまま「言葉にしている」
「思ったこと」をそのまま「行動している」
いまの状態は、気づかないうちに、言行一致になっているし、
言行一致しなくてはいけないとの「無理やり」の気持ちを持っていない。
「素」で生きている。
「素」で生きているものの、
幼児のような「素」ではない。
自分自身を、「素」の方向性へ
「意識して」仕向けての「素」である。
しかもそれが無理矢理ではない。
⇐「意識して」仕向けての「素」
ここが人類が「エゴ」という宝物を神様から頂いた理由。
植物とは、違う理由。
エゴは、実は成長への大切な「切符」
もちろん、
完全に言行一致できているわけではないが、
その方向へ進んでいる状態。
自分自身に矛盾はない。
自分自身に葛藤はない。
だから病気にならない。
なぜ、「無理やり」ではなく「素」の方向へ
「意識して」仕向けることができているのか。
それは、「素」の方向が
とてもとても「快」の状態だと「感じている」からに他ならない。
これが、実は、究極の健康法である。