なみだをくれたもの

いきどまりを宣告されたその日から
僕には手の届かないところへ
僕には見えない道を
駆け出していくようだった
あなたとのおつき合いは約2週間
たとえ、おなかが
漏れ出した
赤いもので満たされていようとも
毎晩毎晩息ができずに苦しもうと
僕の目からは涙などでなかった

あなたはそんな僕に一瞥もくれずに
駆けて
いってしまった

僕は
あなたの
真っ直ぐな一本線の
心電図を眺め、当然のように
涙などでなかった

ふいに
旦那さんのてらいのないことば
石のような心に突き刺さる

長い間付き合ってくれてありがとうな

はげしく涙がつきあげた

 

 

facebookのコメント欄へ コメントしていただいた方が、研修医時代産婦人科病棟でお世話になった方で、フラッシュバックのように産婦人科研修医時代の一場面がよみがえってきました。

あれから、何百人という、お別れの場面に立ち会うことになるのですが、その当時は、自分の弱い心を隠して強い自分でいることに、必死でした。

末期がんにおかされ、腹水の量がどんどんおおくなり、毎日外から腹水を抜いているにも関わらず、息することも苦しく、それでも賢明に病気と闘って研修医の私とも、笑顔で話したりしていた患者さんでいた。
しかし、先輩医師から いよいよ厳しい 状態だということを告げられると、
急に 私から遠い存在になったかのように、あまり話もされなくなりました。
毎日毎日苦しんでいる姿をみて 私自身自分の無力感に苛まされ、
自分が、置いてきぼりにされるような、感じで駆け足で 病状が悪くなっていかれました。
そして最期 お別れの瞬間、

自分でも現実が飲み込めず、、
医者なんだから、動揺してはだめだ!
言い聞かせる 私の心の
よろいを 一瞬ではいでしまうような

旦那さんの 一言でした。

10年経っても忘れません。