地球儀を持った女の子の手元こんばんは、
新年も明けて5日となります。
寒い日が続きますね。
胃腸の疲れも出やすい時期ですので、十分にご慈愛ください。

さて、私は、現実的には自営業で、長期の休暇が取りにくいため、
この年末年始を利用し、北インドへ様々な調査にいっておりました。
基本的に、チベット医学周辺に関しての調査でした。

本日のブログでは、調査結果のお話ではなく、
別の角度から今回の旅の報告をさせていただきたいと思います。

昔から、中国の陰陽説にありますように、
陰の状態があるから、自分が陽であるとわかる。
自分がわかれば、その上でさらに成長ができる。
悲しみの体験があるから、喜びの意味がわかる。
蝉は、夏を知らない。
なぜなら、冬を知らないから、、
冬という季節があって、夏の意味を知ることができる。

その意味で、今回の北インドへの旅は、
本来の目的とは別に私に、様々な気づきをもたらしてくれました。
今回は、インド人ガイドと6日間、道中をほとんど共にしました。
彼は、大学生ですが、信心深いヒンズー教徒です。
とても心優しく、人間的に素晴らしい青年でした。
その彼の言葉で一つ、印象に残った言葉があります。
それは、
「日本人は、信じるしない。」
どうやら、宗教を信じていないことを、
言ってているのだと思います。
その言葉を聞いていて、
インドの方々の暮らしぶりをみて、
見えてきた日本人としての自分があります。

私も、実は無宗教ですが、
日本人としての強みは、ここにあるのではないかと、
彼と会話するうちに感じるようになりました。

世界で、非常に不思議がられており、
さらに世界中から研究対象とされている日本人の歴史があるそうです。
(参考:プーチン最後の聖戦、北野幸伯著)
それは、下記の二つの出来事です。
●明治維新後の急激な成長
●第二次世界大戦後の復興、高度経済成長
この、スピード感、はとても常識的ではなく、
まるで魔法の様な変貌(成長)と遂げたという、「事実」があります。
このような劇的な国の成長は、世界史のなかであまり類をみません。

では、なぜ、
このように劇的に、成長することが可能となったのでしょうか?
実は、このことを
冷静に判断、及び理解していないと同じような、
歴史(成長後の痛い経験)が繰り返されることになると私は思います。
つまり、
日露戦争後、
高められた日本人のセルフイメージが、「世界」では、理解されにくく、
日本人は、世界のことが理解できず、相互に理解できない状態に陥っていき、結局
世界の大国をほとんど敵に回した状況となってしまいました。
太平洋戦争がはじまった時点で、戦争の勝敗はすでに決まっていました。

それは兎にも角にも、
日本人が、
自分自身のことを理解できていなかったためではないでしょうか?
まさに夏をを知らない蝉状態。
意識の上では、開国(グローバル化)できていなかったと私は感じます。
第二次大戦後、
「自分たちは間違っていた!」
「アメリカ万歳。アメリカに追いつけ追い越せ!」
と魔法の様なスピードで高度経済成長し、
その果ては、
バブルの崩壊。

そこからの20年は何を目標にしたらよいのか、
価値観が漂流している状態となりました。
国としては、「秋」の季節です。
そして、
東北の震災後、
日本の国としての「冬」の季節になっています。
実は、冬の季節は、
地中で徐々に、新たな価値観が芽生え始めている季節でもあります。

では、なぜ我々日本人は、
そもそも、
このような急激な成長(変化)が可能だったのでしょうか?

それは、
私は、今回の旅でお世話になってインド人青年の言葉、
「日本人は信じるしない。」
という言葉に帰着するのでは、ないかと考えます。

日本人の瞬発力の能力の秘訣は、「捨てる能力」にある、と感じました。
それは、すがらない、
「よいものは、よいと認める能力。」
そのため、大きな成長が可能です。
成長(変化)のためには、
なにか自分の中で信じていたことを少しずつでも捨てることを
実は積み重ねています。
大きく、捨てることができれば、大きな「成長」が可能です。
ただ、
人間にとって、捨てることは、意外にとても難しい。
つまり、それが成長を困難にしている障壁となっているのです。

インドが経済発展しているとはいうものの、
やはり、私は、ある部分限界も感じました。
疑いもなく、継続されている「カースト制度」。
富裕層はあるものの、未だに45%の国民は食事も満足に出来ない貧困層。
また、今の生活習慣に価値観を与えている、ヒンズー教をはじめとした宗教。

その青年から宗教的な話を聞くうちに、
「確かに信仰心は素晴らしい。
しかし、数千年前に偉大な人が、始めた宗教で、
何世代も、あるいは同世代にしても、様々な人のフィルターに通されていくうちに
少しは、本質的ではなく、間違っている部分も、
実験的な思考をすれば出てくるのは明らかだろう。
今の宗教的な習慣の中で、
間違っているところもあるかもしれない。という疑問を、
自分自身に投げかける謙虚な姿勢が持てない状況で、
現実的なグローバル化が進めば、とても怖い状況になりかねない。
逆にその質問が、
我々日本人は、できたために、かつての高度成長が可能となったのかもしれない。」
と感じるようになりました。

日本人は、何かにしがみつくことをしない民族なのかもしれない。
本当の意味で、本質へ向かって裸になれる民族なのかもしれない。
ただ、それは、能力がすごいなどという意味ではなく、単なる性質であり、
他の民族には他の民族の良さがあるわけで、
そのこと(日本人の性質)を適切に、
世界に伝えていくことができれば、
世界から理解されない日本を脱却し、
本当の意味で自立した成熟した日本人になれる。
そのように、日本人の進むべき
ヒントを得た気がしました。

このことが理解出来れば、
ループのように同じような、
成功、失敗の繰り返しの歴史から脱却することが可能です。

「捨てる能力」
この能力を活かすためには、
捨てたあと、受け入れる段階での
目標設定、その評価がきわめて重要です。

以前我々日本人が目標として信じていたもの、
明治維新後は、欧米列強に匹敵するための富国強兵、
第二次大戦後は、アメリカ合衆国のような豊かな暮らし、

では、
我々は、これから、
どこに目標を定めれば良いのでしょうか?

実は、目標とは、
本質的であればあるほど、
効果が見込め、目標達成後の失敗が少なくなります。

目標を定めるために、
感覚を世界史からの視点で見てみましょう。

当初、人類はその日生きていくのに必死でした。
それは、他の動物と大きな差は、まだなかったかもしれません。
しかし、農耕が始まり、
さらに産業革命後、人類の存在は、地球に影響を与え始めます。
そして、事実として私達は、地球が存在しなれば生きていけません。

それを踏まえ、現実として、現時点でよく言われている、
問題をあげていきます。
エネルギー問題、食糧問題、健康問題、環境問題、
それら問題を大局的にとらえた場合、共通項はなにかというと

全てが、

「地球との関係性」の問題です。

私は、強く今回の旅を通して感じました。


これからの我々人類の方向性は、
「地球との調和」の視点から
あらゆる行動を決めていくと、
間違いのない指針になるのではないか?

世界平和(人間同士の関係性)を求めるのではなく、
次元を一つ上げて
地球との調和を求める必要に迫られている状況だろう。
さらに、地球と調和できれば、必然的に、世界は平和になる。

そのリーダー足りうる立場にあるのが、
現代の今において
日本人であると感じます。

日本人が優れているとか、
さらに「自虐史観」にとらわれて卑屈になるとか、
そんな陳腐な話ではなく、
現時点で、単にその立場にあるのが日本人で、であるならば、
自分たちのためにも、
しっかりそのことを世界に向けて発信していく「責任」も強く感じました。

では、
私達個人におきまして、
「地球との調和」をどのように始めたらよいのでしょうか?

皆さんの、
一番身近な地球の産物は、
何があるでしょうか?

庭の木ですか?
近くの湖ですか?

実は、
もっと身近なところで調和を求めている
「地球の産物」があります。
それは、みなさんの

「体」

です。

より身近に、
より切実に、
皆さんに調和を求め続けているもの
それが、
奇跡的な地球の産物として存在している皆さんの
「肉体」であります。
それとの調和を追求していくことが、
実は、地球との調和の扉になるのです。

「体の声を聴き続ける。そうすれば健康への道が拓ける」

私達は、これを、絶えず、提唱していきます。

日本は、すでに注目されています。
それに鼻を高くするのではなく、
何に注目されているのか、
何に自分たちの価値があるのか?
冷静に見据え、世界の人々と交流し、
楽しい世界のリーダーとしての責任を担うため、
また明日から、2014年の診療を開始したいと思います。

今回も長い文章お付き合い大変ありがとうございました。
どうぞ、本年も何卒よろしくお願いいたします。